先日、東京駅の原首相遭難現場を見学したことについてブログを書きました。
その歴史を調べる中で知った、東京駅第二代駅長、吉田十一(よしだ そいち)。
東京駅で起きた原首相、浜口首相の襲撃事件の現場にプレートと印を設置したとされる人物です。
2度の首相襲撃事件の事実を後世に伝えようと尽力した吉田十一とは、どんな人物だったのか。
今回のブログは、吉田十一について調べてわかったことをまとめてみました。
首相遭難現場を設置した人物
まずは、先日のブログで引用した産経新聞の記事について。
首相遭難現場のプレートと印について、「2代目東京駅長だった吉田十一氏が設置したという伝聞が残されている」と書かれていました。
この文章については、大正から昭和にかけて活躍した鉄道記者、青木槐三氏への取材に基づいたものと思われます↓
先月、産経新聞から私のところへ原さんの暗殺の場所にしるしをつけたのは誰か、そのアイデアは誰が考え出したのか、(中略)との問い合わせがあった。
私はすぐ答えることが速座にできたのを鉄道記者としてほこりに思った。
「それは二代目駅長、吉田十一という盛岡の人です。そのしるしをつける時、私は立ち合って記事を書きましたし、吉田さんからききましたからアイデアは吉田十一さんが出したものです。原敬歿後、数年の後です」と。
出典:『汎交通』69(2),日本交通協会,1969-02. 国立国会図書館デジタルコレクション
首相遭難現場へのプレートと印は、やはり吉田駅長が設置したことで間違いないようです。
ちなみに、吉田駅長の出身は盛岡ではなく、一ノ関町(現在の一関市)だったようですね。
盛岡駅長を経て東京駅長に
吉田駅長の経歴を下記にまとめてみました↓(参考:「鉄道先人録」、「専売協会誌」)
- 生没:明治3年(1870)~昭和22年(1947)
- 一ノ関藩家老の峰岸氏の出で、後に吉田家を継ぐ
- 明治26年(1893)に見習生として日本鉄道に入社
- 明治30年(1897)に盛岡駅長となる
- 隅田川駅長、秋葉原駅長を経て北海道鉄道管理局に勤務
- 大正12年(1923)に東京駅長に任命
- 昭和6年(1931)に日本鉄道退職
現在の岩手県の一関市に生まれ、日本鉄道では盛岡駅長の経験もあった吉田駅長。
郷里の岩手からスズランを取り寄せて待合室や駅長室に飾っていたことから、「スズラン駅長」とも呼ばれていたそうです。
そうした背景と経歴のある吉田駅長にとって、岩手県出身の原敬の暗殺は相当ショックだったと思います。
「忘れ難い」首相狙撃事件
原敬首相暗殺のときに対応にあたっていたのは、初代東京駅駅長の高橋善一駅長でした。
それから10年後、吉田駅長も首相が襲撃される悲劇の現場に居合わせることとなります。
昭和5年(1930)、浜口首相狙撃事件が発生した当時について、吉田駅長はこう回顧しています↓
濱口さんが遭難された時、自分は濱口さんより九尺前方を歩いて居た、丁度、自動車のタイヤが破裂する様な音が聞こえ、その瞬間ハツと思つて濱口さんの方を見ると、前こゞみに倒れる時であった、それから驛長室にお連れして、輸血をした譯であるが、その時の濱口さんの確つかりして居られた様子は、自分が生涯忘れ能はぬ所である。
(中略)東京驛長として一番頭を惱すのは、何んと言つても宮中關係のことで、自分は在任中、御大喪と御大禮の二度の大任を勤めた。そして濱口さんの遭難と、この三つが、今、頭に深く刻まれて居る忘れ難い印象である。
出典:清水啓次郎 編『交通今昔物語』,工友社,昭和8. 国立国会図書館デジタルコレクション
短いながらも重々しい文章であり、その当時、どれほど衝撃を受けたかが伝わってきます。
(大正天皇の御大喪、昭和天皇の御大禮の大任と並ぶほど「忘れ難い」わけですからね…)
吉田駅長の背景や回顧録を知ると、二人の首相の遭難現場にプレートと印を設置することに使命感を感じていたのでは?とも思えてきます。
このプレートと印がなかったら、東京駅で起きた二つのテロは風化していたかもしれません。
吉田駅長は東京駅長として後世に残る非常に重要な仕事を成し遂げてくれた、としみじみ思います。
次に東京駅に行ったときは、浜口首相遭難現場もしっかり見てこよう。
<参考資料>
- 『汎交通』69(2),日本交通協会,1969-02. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2793162 (参照 2024-02-15)
- 日本交通協会 編『鉄道先人録』,日本停車場株式会社出版事業部,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/11916352 (参照 2024-02-15)
- 清水啓次郎 編『交通今昔物語』,工友社,昭和8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1211855 (参照 2024-02-15)
- 『汎交通』72(3),日本交通協会,1972-03. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2793199 (参照 2024-02-15)
- 『専売協会誌』(5月號)(225),専売協会,1931-05. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1897196 (参照 2024-02-15)
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