【太宰治の晩年作】碑文から読み直す『人間失格』──「すなおで かみさまのような いいこ」

先日、父との何気ない電話の中で「すなおで かみさまのような いいこ」という一言を耳にしました。
どこかで聞いたようなこの言葉は、実は太宰治の代表作『人間失格』に由来していました。

青森市の小学校に刻まれた碑文をきっかけに、久しぶりに『人間失格』を読み返してみたところ、10代で読んだ頃とはまったく違う感想を抱きました。
本記事では、この言葉の出典と作品の結末について触れていきます（未読の方はご注意ください）。

親戚の話題のなかで出てきた一言

父が「すなおで かみさまのような いいこ」と口にしたのは、先日、従兄弟の話題に触れたときのこと。
私の従兄弟はとても素直でいい子で、父がその従兄弟の性格の良さを讃え始めたのです。
その流れで、父がポツリとこう言いました。

私が「なんだっけ、思い出せないな」と返すと、

調べてみたら、その小学校とは青森市立合浦小学校。
「すなおで かみさまのような いいこ」と刻まれた碑が校内に設置されているそうです。

昭和34年（1959）に当時の校長が文を選定、揮毫し、ＰＴＡ会長が寄贈したものなんだとか。
この碑文は、作品中の表現を子ども向けに書き換えたもので、元の文章は以下の通りです。

私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした

出典：青空文庫　太宰治 著 『人間失格』

作品中の“葉ちゃん”とは主人公のことで、この言葉は主人公を長く見守ってきたスタンド・バーのマダムが語るものです。

太宰治の晩年作『人間失格』を読み直す

今回の父との会話をきっかけに、『人間失格』を再読しました。あらすじは以下の通りです。

「恥の多い生涯を送って来ました」。そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。「とても素直で、よく気がきいて（中略）神様みたいないい子でした」と。ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。

出典：新潮社ホームページ  書籍詳細：人間失格

私がこの作品を読んだのは、10代後半のとき。
そのときは、主人公の抱える「拒否の能力の無い者の不幸」に深く共感していました。
下記の一節は強く印象に残っています。

自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。

出典：青空文庫　太宰治 著 『人間失格』

ところが、今再読してみると、当時のように自分の姿に重ねて読むことはありませんでした。。
思ったことは、「主人公、生きづらそうだな」という感想。
距離を置いた感覚で読んでいた自分に気づき、人は変わるものだとしみじみ感じました。

題名と対照的な「神様みたいないい子」

小説の後半、主人公は手記で「人間、失格。」と語り、「苦悩する能力をさえ失」ったことを告白します。

その後に続く「あとがき」で、マダムが語るのが例の一節です。
「神様みたいないい子」という最高の賛辞で締めくくられるラストは、作品名とあまりにも対照的で、読後にはもの悲しいような、哀愁漂う独特の余韻が残ります。

主人公がどれほど自らのあり方に苦悩しても、誰かの視点から見れば「いい子」だったという事実。
この対比こそが、作品が長く読み継がれる理由の一つなのだと思います。

ふと気になったのは、合浦小学校の子どもたちは、この碑文を通じて『人間失格』にどのように触れていくのだろうか、ということ。
もし小学生の時期に作品を読んだなら、どんな感想を抱くのだろう？

<参考資料>

・青空文庫 太宰治 著『人間失格』（https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/301_14912.html）

・新潮社ホームページ 書籍詳細：人間失格（https://www.shinchosha.co.jp/book/100605/）

・北の都市と流域を語る会 編『青い森と堤川』,北の街社,1985.10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9571576 (参照 2023-12-12)

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