歴史を学ぶ

【御製を知る】「四十年をむつみ過ごししベルギーの君」――昭和28年、ベルギー王室との「親交の土台」

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前回の記事では、平成5年(1993)に、当時天皇であられた上皇陛下がお詠みになった次の御製を取り上げました。

四十年をむつみ過ごししベルギーの君まさずして宮訪ねけり

この御製に詠まれた「ベルギーの君」とは、同年7月31日に崩御されたベルギーのボードワン1世国王陛下です。

前回は、上皇陛下が皇太子時代の昭和28年(1953)にベルギーを御訪問されて以来、40年にわたって親交を深められたことをご紹介しました。

今回は、ボードワン1世国王陛下と上皇陛下との御交流について、新たに見つけた資料と、令和8年(2026)の天皇陛下の御言葉を手掛かりに、もう少し考えてみたいと思います。

「我が家と思って」と迎えられた天皇陛下

この御製が詠まれた翌年の平成6年(1994)に発行された保守系機関誌に、次のような文章が掲載されていました。

ベルギー王室と我が皇室とのご親交は四十年もの深さになるという。陛下が皇太子時代の終戦後間もない頃、欧州をご訪問されて以来になる。当時、国際的立場の弱かった我が国の皇太子をボードワン一世は暖かくもてなされ、後に国王は、皇室と欧州各王室との掛け橋になられた。……(中略)……その国王がご逝去され、両陛下は八月七日、葬儀の最前列に参列された。ベルギー国民は、敬愛していた亡き国王の大切な友人として我が両陛下のご訪問を熱烈に歓迎したという。だが、もうベルギーには、皇太子殿下に対しても王宮を「我が家と思って」と仰せになられたほどお心配りくださった国王はいらっしゃらない。「君まさずして」というご表現に、陛下のお悲しみがひたひたと伝わってくるのである。

出典:『祖国と青年』 25(3)(186)

この文章の中で特に印象に残ったのは、「皇太子殿下に対しても『我が家と思って』」という一節でした。

この資料が発行された平成6年当時の「皇太子殿下」とは、現在の天皇陛下です。

つまり、この文章からは、ボードワン1世国王陛下と上皇陛下との友情だけでなく、その温かな交流が皇太子時代の天皇陛下にも受け継がれていたことがうかがえます。

この言葉を知った後に、

ベルギーの君まさずして宮訪ねけり

という御製の一節を読むと、長年親しく交流された御友人のいない宮殿を訪ねることになった上皇陛下のお悲しみが、より身近に感じられます。

画像出典: Aleksa Aleksi「View of the front facade of the Royal Palace in Laeken」Wikimedia Commons(CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication)※サイズ調整あり https://commons.wikimedia.org/wiki/File:View_of_the_front_facade_of_the_Royal_Palace_in_Laeken

また、この資料では、ボードワン1世国王陛下を「皇室と欧州各王室との掛け橋」と位置付けています。

令和8年の天皇陛下の御言葉にも、ボードワン1世国王陛下との御交流が、その後の皇室とベルギー王室との「親交の土台」となったことが示されています。

天皇陛下が語られた「親交の土台」

令和8年(2026)のベルギー御訪問に際し、天皇陛下は6月23日、ラーケン宮での晩餐会の御言葉の中で、両国の皇室と王室との御交流について、次のように述べられました。

我が国の皇室とベルギー王室の間の長きにわたる交流は、私の祖父である昭和天皇が皇太子としてベルギーを訪問した1921年に遡ります。その後、私の父である上皇陛下が1953年に皇太子として英国のエリザベス2世女王陛下の戴冠式に参列した際に、当時のアルベール王子殿下もご出席になっておられ、同世代の若い皇族・王族同士として初めてお会いになったと伺っています。そして、その後の旅の途上でボードワン国王陛下にラーケン宮にお招きいただいたことをきっかけにして、深い交友関係を築かれたことは、今日の両国の皇室と王室との親交の土台となりました。

出典:宮内庁「天皇皇后両陛下 オランダ及びベルギーご訪問時のおことば(一覧)」

この御言葉からは、昭和28年(1953)の欧州御訪問が、上皇陛下とベルギー王室との長い御交流の出発点となったことがわかります。

特に注目したいのは、次の三点です。

  • 英国のエリザベス2世女王陛下の戴冠式で、アルベール王子殿下(国王陛下の弟君)と上皇陛下が初めてお会いになったこと
  • ボードワン1世国王陛下からラーケン宮へ招かれたことをきっかけに、深い御交流が始まったこと
  • その御交流が、今日まで続く皇室とベルギー王室との「親交の土台」となったこと

個人的に印象深く感じたのは、この御交流の始まりが、エリザベス2世女王陛下の戴冠式への御参列だったことです。
エリザベス2世女王陛下も、戦後、皇室との御交流を重ねてこられたお方として知られています。
そんな女王陛下の戴冠式が、ベルギー王室との四十年にわたる御交流へとつながっていったことを思うと、歴史のつながりの面白さを感じます。

 

平成6年の資料では、ボードワン1世国王陛下が皇太子殿下(現在の天皇陛下)に「我が家と思って」と語り掛けられたことが紹介されていました。

一方、令和8年の天皇陛下の御言葉では、その御交流が「今日の両国の皇室と王室との親交の土台」となったことが述べられています。

書かれた時代も性格も異なる二つの資料ですが、どちらからも、ボードワン1世国王陛下と上皇陛下との友情が、皇太子時代の天皇陛下へ、さらに今日の皇室とベルギー王室との御交流へと受け継がれていったことがうかがえます。

ベルギー王室と皇室との御交流年表

前回までの記事に引き続き、ここまでの流れを年表にしてまとめてみました。

和暦  西暦出来事
大正101921 ・皇太子殿下(後の昭和天皇)がベルギー御訪問
昭和51930 ・ボードワン1世陛下御誕生
昭和101935 ・ボードワン1世国王陛下の母アストリッド王妃が交通事故で薨去
昭和261951 ・レオポルド3世が退位
 ・ボードワン1世国王陛下が20歳でベルギー国王に即位
昭和281953 ・皇太子殿下(現在の上皇陛下)が英国エリザベス2世女王陛下の戴冠式に御参列
 ・このとき、アルベール王子(国王陛下の弟君)と初めての御対面
 ・その後、ベルギーを初訪問し、ボードワン1世国王陛下と御会見
 ・ラーケン宮への御招待をきっかけに深い御交流が始まる
平成21990 ・天皇陛下(現在の上皇陛下)の即位礼にボードワン1世国王陛下が御参列
平成51993 ・7月31日、ボードワン1世国王陛下崩御
 ・8月7日、天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后両陛下)が国葬に御参列
 ・御製「四十年をむつみ過ごししベルギーの君…」をお詠みになる
令和82026 ・日本・ベルギー外交関係樹立160周年
 ・天皇皇后両陛下がベルギーを公式御訪問

参考資料

<国立国会図書館デジタルコレクション>

  • 祖国と青年』25(3)(186),日本協議会,1994-03. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2842264 (参照 2026-07-13)

※国立国会図書館デジタルコレクションの閲覧には、利用者登録が必要な場合があります。

<ウェブサイト>

  • 宮内庁「天皇皇后両陛下 オランダ及びベルギーご訪問時のおことば(一覧)」(https://www.kunaicho.go.jp/watch/okotoba/imperial-family01/addresses/2026nld-bel.html)
  • Wikimedia Commons

 

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※サムネイル画像出典:Aleksa Aleksi「View of the front facade of the Royal Palace in Laeken」Wikimedia Commons(CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication/パブリックドメイン)※水彩画風に加工・サイズ調整あり https://commons.wikimedia.org/wiki/File:View_of_the_front_facade_of_the_Royal_Palace_in_Laeken

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