令和8年(2026年)、日本とベルギーは外交関係樹立160周年を迎えました。
去る6月20日から25日にかけて、天皇皇后両陛下はこの節目にベルギーを公式訪問され、ニュースでもベルギー王室との親密な御交流の様子が報道されました。
このニュースをきっかけに、平成5年(1993)の御製について調べてみました。
このとき、当時の天皇陛下であられた上皇陛下は、次の御製(ぎょせい、天皇陛下による和歌)をお詠みになっています。
四十年をむつみ過ごししベルギーの君まさずして宮訪ねけり
参考:産経新聞「日本との外交樹立160周年のベルギー 関係深い皇室と王室、上皇さまは元国王とご親密に」
現代語訳すると、「四十年にわたり親しく交流を重ねてきたベルギーの国王がおられないまま、その宮殿を訪ねることになった」といった意味になるでしょうか。
「ベルギーの君」とは?
この御製に詠まれた「ベルギーの君」とは、ベルギーのボードワン1世国王陛下(1930年-1993年)のことです。

また、この御製の「宮」は、ボードワン1世国王陛下がお住まいだったラーケン宮を指すと考えられます。

ボードワン1世国王陛下は平成5年(1993年)7月31日、62歳で心不全により崩御されました。
国王陛下が即位されたのは、わずか20歳のときです。
以来42年間にわたり在位し、ベルギー国民から深く敬愛された国王として知られています。
上皇陛下は皇太子時代の昭和28年(1953年)に初めてベルギーを訪問されて以来、ボードワン1世国王陛下と40年にわたり親交を深められました。
御製の冒頭にある「四十年」は、この長年にわたる御交流を表しています。
ボードワン1世国王陛下の突然の崩御を受け、当時の天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后両陛下)は、国葬に参列するためベルギーを御訪問になりました。
御製に詠まれた四十年の友情
少し調べてみると、ボードワン1世国王陛下は、幼い頃から数々の試練に見舞われた人生を歩まれていたことがわかりました。
- 5歳になる前に母アストリッド王妃を交通事故で亡くされたこと
- 父レオポルド3世が第二次世界大戦中の行動をめぐる国民の批判を受け、退位したこと
- 20歳という若さで国王に即位し、国家を背負う重責を担われたこと
- そのため、「笑顔を見せない国王」と呼ばれた時期もあったこと
幼くして母君を亡くされ、若くして国王という重責を担われたボードワン1世国王陛下。
その歩みを知ると、上皇陛下が四十年にわたる友情を大切になさった理由も、少し理解できるような気がします。
参考資料
- 産経ニュース「日本との外交樹立160周年のベルギー 関係深い皇室と王室、上皇さまは元国王とご親密に」(https://www.sankei.com/article/20260620-PEXKYO4LLRJHXMWEFONAR3YMDY/?134262)(2026/6/20)
- 在ベルギー日本国大使館「大使のよもやま話 | 在ベルギー日本国大使館 第26回 2つの『うたかたの恋』」(https://www.be.emb-japan.go.jp/itpr_ja/yomoyama_026.html)(2013/8/9)
- Wikimedia Commons
※サムネイル画像出典:Aleksa Aleksi「View of the front facade of the Royal Palace in Laeken」Wikimedia Commons(CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication/パブリックドメイン)※水彩画風に加工・サイズ調整あり https://commons.wikimedia.org/wiki/File:View_of_the_front_facade_of_the_Royal_Palace_in_Laeken
